76 『歴史としての学問』1974

  • 2010.06.08 Tuesday
  • 21:03



『歴史としての学問』1974



僕はハーバードにいる間、セヴィンと授時暦の英訳をやっていたが、自分の仕事としては『歴史としての学問』(英語ではAcademic And Scientific Traditions の原稿をワイドナー図書館をフルに使ってやっていた。特に、ギリシャや西洋中世のものは、二次資料といえども日本には見つけにくいので、これがいい機会であった。



後に、この本が日本語で出版された時、ある出版社の編集者で、引用されたものから著者の蔵書数を推定するのを得意とする人がいた。その人の推定によると、僕の蔵書は2-3万ということになっていた。僕はとてもとても、桁違いに少ない蔵書しかない。みな、図書館の本でやった仕事である。



僕はそもそも自分の学問形成はこのワイドナー・ライブラリーで行った、というだけあって、かつて住みついていたこの図書館の配置状況はよく知っている。



普通一つの図書館を使いこなせるようになるには、一年くらいかかる。おそらく科学史というのは、ワイドナーの中心にオフィスを作ったサートンのように、理科も文科もあらゆる分野の図書を必要とする、もっとも図書館に縁の深い分野である。僕は古巣に帰って、すぐ仕事に取り掛かることが出来た。



僕の研究のスタイルは、まず問題を作ってその解答を求めて資料を探し、それを論文に書くという、理科的な仕事である。天文学史の仕事はそういうスタイルであった。講壇的スタイル、教科書的スタイルで書くことは軽蔑していた。



しかし、歴史家といわれるからには、史料探しに明け暮れするだけでなく、史観を盛った大言壮語もしたくなる欲求を常に持っている。僕はそういうものをこの本に込めて本を書きたいと思った。



そのはじめは洋の東西の比較学問史をクーンのパラダイム史観で語ることである。僕は西洋のスカラシップに触れて、ゼミナールでも学会でも、西洋の連中には議論では圧倒される。それがどういう起源をもつのだろう、と問いだした。基本的には、表音文字と表意文字との違いに属するのだが、それにさらに紙や印刷の技術的条件を先行させた後者と、それが遅れた前者との違いによって、まったく異なった学風が開ける。そして紀元前に成立したパラダイムが東洋ではずっと19世紀まで続き、西洋ではパラダイム・チェンジがあって、近代科学ができた。西洋人の歴史家からは、僕の本を最初にメディアを考えた科学史の本と評価されたことがある。



その後、1977年にインドに講演旅行することがあって、インドは僕の見方からすれば、西の科学だ、といったら、彼らはずっと西洋科学に対峙される東の科学だと思っていたので、問題になり、新聞紙上で論争させられたが、僕の天文学史の流れから見ても、インドもイスラムもみな表音文字の、耳と口を使う西の伝統であり、目で見る中国文化圏の表意文字の科学とは長くパラダイムが異なり、両者が交わるのは遅かった。





近代科学が成立した後半は、学会や大学の機能、いわば僕の言う「中間構造」を主として論じた科学史なので、これが日本における科学社会学の嚆矢だという人があったが、僕は社会学のジャーゴンでは語っていないし、語れない。ただ、おしまいくらいになると、それよりも近代科学批判の批判的科学に近くなってきている。





この本も、類書がないせいか、岡部、小尾という僕の知る編集者に持ち込んでも、まったく相手にされず、結局中央公論の間瀬君が目をつけ、それも他の出版社も興味を持っていると言い出したら、とたんに話が進行した。ところが、その題をつけるにあたって、僕は「学問的伝統」としたのに、それでは駄目だ、若い人に受けない、と丸一年してやっと彼がスイージーの『歴史としての現在』をもじって『歴史としての科学』にして、本になった。「歴史としての・・・」と題する本が何冊かその後現れた。





批評も誰にもって行ってよいかわからない、として、あまり数がなかった。『エコノミスト』誌では西洋中世史の堀米庸三さんが「この本は徹底したプラグマティストの本で、「真理」という言葉が全然でてこない」と評した。

下村

寅太郎さんからは私信で「反発を感じる人もいるでしょうが」と注意された。僕が、日本人で西洋を専門としている人の学風を論じて、「僕が世界財団のプログラムオフィサーだったら、決して中世西洋史のために日本人のサポートはしない」など、かなり否定的な言辞を弄したからであろう。





この本は比較史の大言壮語として、学会ではどう扱われるか。それでも比較史は可能だということで勇気を与えたのだろう。ギリシャ科学史のG..ロイドと中国科学史のセヴィンとが共同して、二人で比較史をはじめて共著で『道と言葉』を出した。彼らは二人ともその道の専門家なので、オリジナルから始めて、苦労して本にしたが、僕の言うことと基本的には変わりはなかった。


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