186 デジタル・ヒストリアン

  • 2011.01.12 Wednesday
  • 13:36

デジタル・ヒストリアン



かつて僕に西洋科学史をやる事をやめさせた、日本における絶対的資料の貧困、それが今や一応グーグル・ブックで古典を読了し、電子ジャーナルで新しいことには追いつける。そして特にこの二つでほぼ完全に西洋にあまりハンディキャップを感じないで研究をやれる。これで僕はディジタル・ヒストリアンになれる。



それは歴史諸分野のなかでも、科学史の分野をもって最となす。科学史の資料は本と雑誌論文だけでほとんど十分なのだ。だから僕科学史家はデジタル・ヒストリアンの先兵として他の諸分野に先駆けて働くのが、日本の西洋学界への自分の義務ではないか。もっともこんな事は独りよがりの戯れ言で、日本の学界へ向かってそんなことを云っても、ピンと来る人はまだほんの一部の人だろうが。



ちょうどその頃、僕は1951年以来長年棲んでいた中野の家をつぶして、アパートを建てることを決意した。僕の住む界隈は今やワンルームマンション街、庭付きに棲んでいるのは僕のところが最後くらいらしい。マンション屋に攻められて、僕もついに降伏したわけだ。これは日本の税制の特殊現象である。



僕の所も大正か昭和の造成地域で、雑木林を百坪単位くらいで分譲したものだ。ところが地価が途方もなく跳ね上がって、次の代に受け継がせるには、多額の相続税がかかり、一部を売らないと払えない、それよりもマンションをつくって借金を作っておけば、それとの相殺で、土地を売らなくても維持できる、という。そういうわけで、このあたりみんなワンルーム・マンションになってしまった。



そしてその移りゆきの時期が、たまたま80歳にして僕のデジタル・ヒストリアンになろうという決意の頃と重なった。僕の家はマンションへの立て直しのため、いったん家財一切をどこかへ一時疎開しなければならない。僕は古本屋を呼んできて、一切雑本類もちゃんと処理してくれる条件で、僕の集めた木版類も渡す、といった。たとえば、僕の書庫に台湾製の百納本の二十四史がかなりを占めていたが、これなどは『四庫全書』のデジタル版があれば捨ててもいい。東京の住人にはスペースこそ貴重なんだ。こうして古本屋は何人か助手を連れて来て、書庫の処理となった。妻はそれを見て、僕が学者をやめるのではないか、と泣き出した。



本来僕は図書館の本で、つまりオープンアクセスできる文献で学者は勝負するのがフェアだと思っている。死蔵しておいて他人がそれを知らない、使わないからと批判したのが早稲田に居たが、それこそ唾棄すべき人間だ。そんなわけで、よほど必要に迫られない限り、僕は特殊な蔵書を作ってこなかったし、そんなカネもなかった。むしろ東京のマンション住まいの人間はできるだけ物を減らして生きなければ、と云うことを家族に示すため、その範を垂れるために、泣いて蔵書を切ったのだ。



それを僕はアメリカで教授をする前にやり、留守の間にマンションに代わっているように仕向けた。後に残った子どもたちは、大変だったらしいが、帰ってみると、みんな自分の物も、僕の物さえも、十分捨てきれず、疎開先に保存したままである。



僕は今、日本に帰ってきて、マンションに住んでいる。本は自分の書いたものくらいしか置けない。不便である。図書館に通うには癌にかかっておっくうで、ところが所期の我が家からデジタル・ソースへのアクセスは、阻まれて、思うに任せない。しかし、僕はこれからはどうせたいしたことは出来ないだろうから、ただいずれ訪れるデジタル・ヒストリアンへの道を開くことになった、と云う自己満足で、以て瞑すべし。


コメント
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  • ありがとう…ありがとう!!
  • 2011/01/15 5:12 AM
これ最高♪マジで俺ラッキーだったわ! いい感じにイイ思いできたから、もうちょっとこれ続けるわ俺w http://kemu.churappa.com/ea5699q/" rel="nofollow">http://kemu.churappa.com/ea5699q/
  • ちょっとイイ感じ♪
  • 2011/01/19 6:47 AM
先生のご主張に共感します。 (1)小生も、80歳代のガン患者です。書店にも、図書館にも出かけられません。 (2)小生も80歳にして、1戸建からマンションに移りました。蔵書の1/3は寄贈、1/3は廃棄しました。 (3)小生も、ある大学のご厚意によって、電子ジャーナルにアクセスさせてもらっております。 (4)ただし、日本の学会誌には電子化されたもの、オープン化されたものが少ないので、結果として米国の文献へのアクセスが多くなります。したがって、米国の事情には通じても、日本の事情には疎くなってしまいます。
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